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【アラベスク】  第13章 夢と希望と未来



第2節 進路相談 [6]




 突拍子もない言葉に思わず聞き返す。
「何だそれ?」
「俺とお前が付き合っていると、山脇に見せ付けてやるんだ」
 楽しげに瞳が瞬く。
「本当は金本ってヤツがお前とくっつけば一番いいんだろうけど、お前、あっちにも興味がないみたいだからな。ずいぶんと贅沢な女だよな」
「馬鹿にしているのか」
 贅沢だと言われて思わず声を荒げる。摘まれた上着を引っ張ったが、やはり陽翔は離してはくれなかった。
「離せ」
「ヤダね」
 言うなり肩を竦める。
「協力してくれなければ離さない」
「なんで協力しなくちゃならないんだ?」
「山脇を追い払いたいんだろう? 俺はアイツをぶっ潰したい。だったら、お前に彼氏が出来てしまうのが一番手っ取り早いんじゃないのか?」
「何がどう手っ取り早いんだ? ワケがわからない。だいたい、どうしてお前と?」
 必死に上着を引っ張るが、どうしても陽翔は離してはくれない。見た目はちょっと摘んでいるだけのように見えるが、しっかりと捕まれている。
「偽装恋愛なんて、冗談じゃない。だいたい、お前は何がしたいんだ? 何が目的だ?」
「目的? 俺の目的は山脇をぶっ潰す事だ」
「だから、潰すって?」
「潰すんだよ」
 ゾクッと、背中に氷のようなものが突き刺さる。
「アイツを、立ち直れなくなるまで叩きのめして、奈落の底に突き落として、這い上がってこれないくらいにまで絶望させてやるんだ」
 もうほとんど夕日など沈んでしまい、夕方と言うよりも夜に近い。至近距離で向かい合っているのに、相手の表情が読めないほどだ。それなのに美鶴は、陽翔の視線をはっきりと感じることができる。その瞳に、恐怖を感じる。
 それは、言っている言葉があまりに物騒だからか、それともその声が低く、まるで闇から這い出してきたかのような不気味さを漂わせているからだろうか?
 腹の底で、緑色の異物がモソリと(うごめ)くのを感じる。
 共鳴しているのか? 何に?
「叩きのめすだなんて、ずいぶんと物騒だな」
 後ずさりたい恐怖を悟られぬよう、努めて無感情を装ってみせる。
「生憎だが、そんなワケのわからない誘いに乗るつもりはない」
 思いっきり引っ張ると、ようやく上着を開放された。引き寄せるように両手で上着を握り、鞄を持つ。
「アンタと瑠駆真がどんな関係なのかは知らないけど、私には関係ない。(いさか)い事なら私の知らないところでやってくれ」
「山脇を追い払いたいんだろう?」
 一歩踏み出す美鶴を引きとめる。
「しつこい男を、追い払いたいんじゃないのか?」
「自分の事は自分でやる」
 振り返り、毅然と見返す美鶴。
「お前に心配される必要はない」
「それにしては、ずいぶんと中途半端だな」
 言われている意味はわからないが、何となく嫌な予感がする。関わらない方が良いと判断し、無視して背を向けようとした。
「なぜ好きではないと、はっきり言えない?」
 背は向けたが、一歩踏み出す事ができない。そんな美鶴に、陽翔は畳み掛ける。
「金本に対してもそうだ。なぜ、気持ちを受け取る事はできないと、はっきり言えないんだ?」
 暗闇で、陽翔の唇が歪む。
「弱みでも握られているのか?」
「違う」
 結局振り返ってしまう。
 別にコイツと話したいんじゃない。余計な詮索をされたくないだけだ。
「別に弱みなんて無い」
「ならばなぜ態度をハッキりさせない?」
「それは、お前には関係ない」
「好きではないが、突き放すには惜しいか?」
「冗談を」
「なら何だ? 他に好きな奴でもいるのか?」
「っ!」
「わかりやすい女だな」
 陽翔の瞳が妖艶に光る。
「好きな奴なんていない」
「好きな奴はいるが、それを山脇に知られては困る」
「違う」
「だからハッキリ断る事ができない」
「違う」
「断って、詮索をされて、好きな奴の存在を知られるのが困るからか?」
「違う」
「俺の見る限り、山脇は変なところでしぶとそうだ。理由もなくふられれば、原因を探ってそれこそお前の部屋にまで忍び込むだろうよ」
「違うって言ってるだろうっ!」
 美鶴は叫び、右手で空を払う。
「好きな奴なんていない」
 ムキに否定すればするほど疑われる可能性は高い。だが美鶴は、否定せずにはおれない。
 好きな人の存在を知られたくはない。
 図星だ。だがそれは半分だけ。霞流の存在そのものは、すでに瑠駆真や聡には知られている。
 知られたくないのは存在ではなく、この想い。
 できるなら、誰にも悟られる事なく、そっと秘めておきたい。せめてこの想いが伝わるまで。
 もし呆気なく散ってしまうような事にでもなれば、それこそ永久凍結して、なかった事にでもしてしまいたい。知られて、また嗤われるのは嫌だ。
「勝手に憶測を広げるな」
「憶測か?」
「憶測でないのなら、妄想だ」
 暗闇を睨む。
「妄想」
 陽翔は呟くように言う。
「妄想、か」
 まるで夢遊病者。
「俺の言葉は妄想か?」
「根拠のない作り話である事には違いない」
 陽翔から漂う虚ろな気配に支配されぬよう、美鶴はできるだけハッキリと言葉を発音する。
「とにかく、私には好きな人もいないし、お前に協力する義理もない」
 これ以上関わると、本当にロクでもないトラブルに巻き込まれそうだ。今までだって散々な目に合ってきたと言うのに。







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